福岡高等裁判所 昭和27年(行)358号 判決
原判決中控訴人小林・同水田の本件休職処分取消の請求を棄却し、控訴人小林・同水田に訴訟費用の負担を命じた部分を取消す。
被控訴人が控訴人小林・同水田に対し昭和二十四年十月一日付を以て為した休職処分は之を取消す。
控訴人十文字の本件控訴を棄却する。
控訴人小林・同水田と被控訴人との間に於ける訴訟費用は、第一、二審を通じてその総費用を三分し、その一を控訴人小林・水田の負担、其の他は被控訴人の負担とし、控訴人十文字と被控訴人との間における控訴費用は控訴人十文字の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は、「原判決中控訴人等の本件休職処分取消の請求を棄却し、控訴人等に訴訟費用の負担を命じた部分を取消す。被控訴人が昭和二十四年十月一日付を以て控訴人等に対して為した休職処分は之を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張、証拠の提出・援用・認否は控訴代理人に於て、
(一) 地方公務員たる教員の身分を有する控訴人等に対する休職処分については、官吏分限令第十一条第一項第四号の準用は許されないから右法条に基く本件休職処分は無効である。蓋し、
(a) 教育委員会法第四十九条第五号によれば該委員会が教育公務員の任免、其の他の人事に関する事務を行うについては、別に定むる教育公務員特例法によるべきで、教育公務員たる控訴人等を休職処分に付するには、同特例法の規定に基くの外之をなし得ないのである。
同法によれば本人の意に反して休職処分に附し得るのは、同法第十四条による場合か、同法第十五条による懲戒処分の場合に限られ、しかも同法施行令は政令であり、同令第九条は法律の委任に基き規定されたものでないから、同条に基き官吏分限令第十一条第一項が適用されることは許されない。
(b) 仮に然らずとするも、右条項は国家公務員法第七十五条及び同法第七十九条の規定と矛盾するから、教育公務員特例法第二十三条第二項により、国家公務員法の規定が優先適用せらるべきである。
(c) 仮に然らずとするも、分限令第十一条第一項第四号の「官庁事務の都合により云々」と云う如き何等具体的基準を示すことなく官庁の一方的恣意により公務員に対し不利益処分をなすが如きは、憲法に於て保障せられた国民の基本的人権を侵害するもので、無効といわねばならぬ。
(二) のみならず、本件休職処分は佐賀県教職員組合の幹部たる控訴人等を含む外十数名のみを対象とするもので、その目途するところは右組合の運営に対する支配又は介入であり、組合活動を制圧せんためになされたもので不当労働行為というべく、無効のものである。と述べ、
被控訴代理人に於て、
控訴人等主張の右事実はすべて否認する。と述べた。(立証省略)
なお、当審において、控訴代理人は、控訴人十文字哲丸の関係に於て、佐賀市教育委員会を被申立人として訴訟引受の申立を為し、その理由として「教育委員会法第七十条に基き昭和二十七年十一月一日より佐賀市教育委員会が設置せられ、小学校教員の任免権は被控訴人佐賀県教育委員会より佐賀市教育委員会に引継がれたので、佐賀市教育委員会が本件訴訟を引受くべきである」と述べ、之につき被控訴代理人兼佐賀市教育委員会代理人は「控訴人十文字に対し本件の休職処分を行つたのは、被控訴人たる県教育委員会でありその処分当時には佐賀市教育委員会は存在しなかつたのであるから市教育委員会が本件訴訟を引受くべきものではない」と述べた。
三、理 由
本訴は、昭和二十四年十月一日付を以て教員たる控訴人等に対し為された休職処分の取消を求める訴である。
而して、若し右休職処分当時佐賀市教育委員会が設置されていたならば、佐賀市の教育に関する事務は同市教育委員会が所管し、小学校教諭等に対する任免その他の人事権も市教育委員会に属し、従つて、当時佐賀市日新小学校教諭であつた訴訟人十文字哲丸に対する休職処分の権限も市委員会に在つたはずのところ、当時市教育委員会が未だ設置されていなかつたので、佐賀県教育委員会が教育委員会法第八十七条に基く市教育事務の一時的所管者として、控訴人十文字哲丸に対する休職処分を行つたものであり、その為県教育委員会が控訴人十文字の休職処分についてもその処分庁として本訴の被告とされて来たものであること、及び、その後本件係争中の昭和二十七年十一月に佐賀市教育委員会が設置されるに至つたことは、当事者双方の弁論の全趣旨上明かである。ところで或る行政処分をした行政庁がその後その処分の権限を失つたり、その権限が他の行政庁に移されたりした場合に、その行政処分の取消変更を求める訴についての被告たる適格(行政事件特例法第三条)がどうなるか、又訴訟の承継は当然に生ずるか否か、と云うことは、相当解決の困難な問題であるけれども、少くとも本件の様な県・市教育委員会の場合においては、市教育委員会が設置されて、その本来の権限を行使し得る様になつた以上、県教育委員会がいわば一時的に代つて為したところの休職処分についても、その一切の権限は市教育委員会に移るものであり、従つて、之に関する行政訴訟の被告たる適格も当然に県委員会より市委員会に移ると共に、ここに訴訟の当然の承継を生ずるものと、当裁判所は解するのである。この当裁判所の見解からすれば、佐賀市教育委員会が設置されたときに、若し県教育委員会に訴訟代理人がなかつたならば、訴訟は中断を来した筈であるが、訴訟代理人があつた為に中断されなかつたものである。けれども、その実質に於ては県教育委員会は訴訟より離脱して市教育委員会がその承継人として実質上の当事者となつていたものであるから民訴法第七十四条による訴訟の引受は、これを為さしめる必要もなく、またこれを許すべきものでもないのである。だから、控訴代理人の為した「訴訟引受」の申立は、民訴法第七十四条の引受申立としてならば却下すべきであるが、もともとこの申立の主眼とするところは、佐賀市教育委員会が正当の当事者であるから、これを正式に訴訟当事者として登場させ訴訟の追行を命ぜられ度いとの趣旨に外ならぬものであるから、当裁判所は「控訴人十文字との関係に於ては市教育委員会が本件訴訟を承継したものであり、県教育委員会は該訴訟から離脱したものであること」を明かにすれば足り、「訴訟引受の申立」の字句に拘らずこの申立を却下する必要はないものと認める。
よつて、右の旨をここに本判決で宣明する次第である。
控訴人小林・同水田が共に佐賀県下の高等学校の教員、同十文字が同県下の小学校の教員であつたこと、被控訴委員会が、昭和二十四年九月三十日頃控訴人等を含む県下中小学校の教員十数名に対し辞職を勧告し、控訴人等はいづれもこれに応じなかつたところ、同年十月一日附を以て被控訴委員会より官吏分限令第十一条第一項第四号に基く「官庁事務の都合により必要あるとき」を理由として、休職処分に附したこと、控訴人等が同年十月十五日被控訴委員会に対し、教育公務員特例法第十五条国家公務員法第九十条による本件休職処分の審査請求をなし、被控訴委員会が右請求後三ケ月以上を経過した本訴提起の日迄これが審査の手続を開始せず右請求に対し何等の裁決をも与えなかつたことは、当事者間に争のないところである。
一、よつて先づ地方公務員たる教員の身分を有する控訴人等に対する本件休職処分につき、官吏分限令の適用ありや否、及び同分限令の合憲性の有無について判断する。
控訴人等は昭和二十四年法律第一号教育公務員特例法の制定によつて身分上公務員となり(同法第三条)、その任免、分限、懲戒服務及び研修に関しては同法の定めるところによる(同法第一条)こととなつたのであるが、同法第三条に定められた地方公務員としての身分を有する教育公務員については、右特例法制定当時国家公務員法と並んで制定せらるべき地方公共団体の職員に関する法律(地方公務員法)が未だ制定されていなかつたため、右特例法第三十三条(本件休職処分当時施行されていた改正前の法条)に於て、右法律の制定される迄の間、右特例法若くはこれに基く命令又は他の法律に特別の定めがあるものを除くの外、地方公務員としての身分を有する教育公務員につき特別の定をすることを政令に委任し、右特例法施行令第九条(本件休職処分当時施行されていた改正前の法条)は、この委任に基き地方公務員としての身分を有する教育公務員につき右の制限内で一般地方公務員と同様に取扱うことを定めたものなのであり、即ち、同施行令第九条第一項には「公立学校の教育公務員の任用・分限・懲戒及び其の他身分上の事項については、法及び令に別段の定めあるものの外当該都道府県の吏員の例による」旨定められたが、他方地方自治法附則第五条第一項には「この法律又は他の法律に特別の定があるものを除く外、都道府県の吏員に関しては、別に普通地方公共団体の職員に関して規定する法律が定められるまで従前の都道府県の官吏又は待遇官吏に関する各相当規定を準用する」と定められてゐるので、控訴人等は、地方公務員法が未だ制定施行せられてゐなかつた本件休職処分当時には、県の吏員の例により従前の官吏分限令の準用を受けたわけである。もつとも、教育公務員特例法第二十三条第二項は、同法律中の規定が国家公務員法の規定に矛盾し又はてい触すると認めらるゝに至つた場合は、国家公務員法の規定が優先する旨規定してゐるけれども、之と同時に、同法律中の規定が地方公務員法の規定に矛盾し又はてい触すると認めらるゝに至つた場合は、地方公務員法の規定が優先する旨をも規定してゐることよりすれば、国家公務員法の規定が優先適用せらるゝのは国家公務員についてのみ然るのであつて、地方公務員としての身分を有する教育公務員については地方公務員法が優先適用せらるるに止り、国家公務員法が優先適用せらるゝものでないことが、規定自体に徴し明らかなところであり、しかも本件休職処分当時には地方公務員法の施行がなかつたものであるから、控訴人等の休職処分には、官吏分限令が準用さるべきである。
控訴人等は、官吏分限令第十一条第一項第四号に定められた「官庁事務の都合により必要あるとき」というが如き理由で休職処分に附するのは憲法によつて保障せらるゝ基本的人権を侵害するもので無効であるというけれども、憲法の保障する基本的人権も無制約に認めらるゝものではなく、公共の福祉のために一定の制約を受けることがあるのは憲法の認むるところであるから、教育を通じて国民全体に奉仕する職務と責任を有する教育公務員たる控訴人等は一般国民と異り特殊権力関係に服するものである以上、その分限懲戒についても一般国民と異るものあるは当然であると共に、他面において、右分限令に「官庁事務の都合により必要あるとき」と云う規定も、後段に於て説明する如く、その判断を処分庁の自由裁量に委せたものでなくして、客観的に妥当性のある基準に照し相当の事由があると認めらるゝときに限つてその処分を適法のものとして是認すべく、然らざる場合には違法のものとして之に不服申立を許しその是正を求めるの途を開いてゐるものと解すべきであるから、右分限令の規定を以て憲法に違反するものとなすことは出来ない。従つて以上の諸点に関する控訴人等の主張は理由ないものである。
二、飜つて被控訴委員会は「官吏分限令に基く本件休職処分は任命権者の完全な自由裁量処分に属し、随意之をなし得るものであつて行政訴訟による取消の対象となるものでない」と主張する。然し国家公務員に対しては、その意に反して免職・休職等の不利益処分を行い得るのは国家公務員法又は人事院規則に定める事由ある場合に限られ、その処分に不服あるものは、同法に基き人事院に審査を請求してこれが是正を求め、更に処分に違法の廉あるときは該処分取消の訴を提起して救済を求め得しめ以て法令上身分の保障を与えたのであるが、地方公務員たる都道府県の吏員に対しても将来地方公務員法の制定施行により(本件休職処分当時は同法は未だ制定施行せられないこと前記の通り)同様身分の保障を附与することを期して、それまでの経過的措置として取り敢えずその分限につき官吏分限令を準用したものであること、及び教育を通じて国民全体に奉仕する立場にある教育公務員のためにその職務と責任の特殊性に基き、教育公務員特例法を制定し、その第十五条を以て任命権者が公立学校の校長又は教員に対し免職・休職その他その意に反する不利益処分を行つた場合には国家公務員法の規定を準用して任命権者に対し、審査の請求を為し得るものと定めた趣旨等よりすれば、官吏分限令第十一条第一項第四号に「官庁事務の都合により必要あるとき」とある休職事由の認定は任命権者の自由裁量に一任されたものと解することは出来ない。
即ち、これが休職処分を行うには、教育基本法第八条学校教育法第九条及び教育職員免許法第五条に照し教員としての適格性を欠く場合の外、客観的妥当性のある標準に照し(何が客観的妥当性のある標準なりやは国家公務員法第七十八条第七十九条各所定の事由及び本件休職処分の後制定施行せられた地方公務員法第二十八条第二十九条各所定の事由が参考とさるべきである。)当該教員をその職に在らしめることが不当と認めらるゝ場合たることを必要とし、その認定は所謂法規裁量の範囲に属するものと解すべきである。従つて、これが裁量を誤り客観的に相当と認めらるる休職事由がないのに拘らずこれありと認定して為した処分は単に不当であるに止らず、違法のものとして行政訴訟上取消の対象となるものというべきである。従つて被控訴委員会の此の点の主張は理由がない。
三、次に控訴人等は「本件休職処分は不当労働行為として無効である」という。惟うに、未だ地方公務員法の制定施行を見なかつた本件休職処分当時にあつては、控訴人等は地方公務員たる身分を有しながらもなおその分限懲戒につき適用せらるゝ官吏分限令の規定と矛盾てい触しない限りに於ては、労働組合法の適用あるものと解するを相当とするから、本件休職処分につき不当労働行為として之を争う余地は存したものといわねばならない。しかし乍ら本件休職処分が、控訴人等の属する佐賀県教職員組合の運営を支配し、若くは之れに介入するためになされたものであるとの点は、之を認むるに足る証拠がないから、控訴人等の此の点の主張も排斥を免れない。
四、よつて、進んで控訴人等に被控訴委員会主張の如き休職処分を相当とする事由があるか否かについて判断をする。
被控訴委員会が控訴人等に対する休職処分に共通する事由として挙示するものの内、
(い)「控訴人等は日本共産党の党員若くはその熱心な支持者である」との点につき。
控訴人等がいづれも本件休職処分当時日本共産党員であつたことは控訴人等の認むるところである。而して日本共産党が革命的手段によつて日本に於ける現在の資本主義機構を覆して共産主義社会の実現を企図主張する政治結社であることは、公知の事実である。けれども右に所謂革命も、その対象たる資本主義社会の態様や時の情勢等の如何によつては、必ずしも暴力的手段によることを主張するものでないことは、成立に争のない甲第四十九号証によつても認め得らるゝところであると共に、本件休職処分当時制定施行せられていた団体等規正令(昭和二十四年政令第六十四号)によるも日本共産党は合法政党としてその存在を認容せられて今日に至つてゐる事実を考えれば、日本共産党は、学校教育法第九条第四号に謂う「日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体」には必ずしも該当しないと解せらるるから、日本共産党員であるの一事を以て直ちに控訴人等が教員たるの適格を有せず、其の他教員としての職に当らしむるを不相当とする相当の理由ありとなすことは出来ない。
(ろ)「控訴人等は共産主義を信奉してその政治的、経済的実現を企図し、あらゆる場合の言動にこれを現はして活動してゐた。」との点及び、
(は)「控訴人等はあらゆる場合に、新教育完成の名の下に、当時の政府並びに当局の政策は支配階級の反動政策なりとして、階級意識を強調し、階級斗争をせん動した。」との点につき。
惟うに、良識ある公民たるに必要なる政治的教養は教育上之を尊重しなければならないが、法律に定める学校は、特定の政党を支持し又はこれに反対するための政治教育その他政治活動をしてはならないことは、教育基本法第八条の明定するところである。而して右規定の趣旨とするところは、学校教育の政治的中立性を確保するにあるのであるから、固より教員が全然その職務と関係のない一公民として政治活動を為すことを禁ずる趣旨でないことはいうまでもないところである。然し乍ら、学校自体の教育活動としてなした場合でなく、一箇の教員としてなした教育活動であつても、その政治性の故に政治活動となる場合や、或はまた教員個人が教員としての教育活動をはなれて一公民として政治活動をした場合でも、教員の身分を利用し又は学校を拠点としてなされた等の為、おのづから教育上に影響を及ぼす場合は、当該教員の行為を通じて学校教育の政治的中立性が害せらるゝこととなるから、これらの行為はすべて教育基本法第八条の規定の趣旨に違反するものと云うべきであつて、かゝる行為に出でた教員はその適格を欠くものとせねばならぬ。以上の見地より右(ろ)(は)の事由を検討するに、控訴人等が日本共産党員であつたことは前叙の通りであるが、共産党員としてなした(ろ)(は)の控訴人等の行為がすべて教員たるの適格を欠くの事由となるものでなく、右行為の内上来説示の如く教育の政治的中立性を害するもののみが教員たるの適格を欠く事由となるものと解すべきである。
よつて、被控訴委員会が控訴人等の具体的言動として挙示するものを検討して見る。
控訴人小林につき
(1)「鏡中学校在職中に校長から『共産思想の教壇実践をやつては困る。』と注意され、『しつぽをつかまれるようなことはいたしません。』といつた。」との点。
同控訴人が鏡中学校在職中、同校校長広川浚治より「共産思想の教壇実践をやつては困る。」旨注意せられたことは、当審証人広川浚治の証言によつて認められるけれども、其の際同控訴人が同校長に対し右のような返答をしたことは之を認めるに足る証拠なく、却つて右証人の証言によれば控訴人小林は同校長が同控訴人の言葉から同人が共産思想の教壇実践をするのではないかとの危虞の念から右認定のような注意を与えたのに対し教壇実践はしないとの意味を答えたもので、やるにはやるが下手にしない、という意味でなく教壇実践をしない、意味のものであつたことを認めることが出来るから、以上の事実よりして同控訴人が共産主義思想を学校教育に於て実践したものと認めることは出来ない。従つて右の事実を以て同控訴人に教員たるの適格を欠き、休職処分に附すべき相当の事由となすことは失当である。
(2) 伊万里高等学校在職中に職員会議で自己が日本共産党員であることを誇示したとの点。
当審証人川副一二の証言及び控訴人小林本人尋問の結果によれば、同控訴人が伊万里高等学校在職中に職員会議の席上自己が日本共産党員であることを報告した事実を認めることが出来るが、右報告が誇示せられたものであるとの事実は之を認むべき証拠はない。而して単に職員会議に於ける共産党員たることの報告自体のみをとらえて論ずるとすれば、右は憲法によりて保障せらるゝ思想の自由及び一切の表現の自由の範囲内に属するものであつて、仮に右報告が誇示せられたものであつたとしても、右の事実を以て本件休職処分の事由として相当のものとなすことは出来ない。
(3)「休職中に教職員組合も階級斗争をすべきであるとの佐教組内共産党グループの署名入りのアジビラを配布した。」
(4)「昭和二十五年四月頃佐賀市で日本共産党の指導と認められる反税斗争に参加して検挙された。」
(5)「同年施行の参議院議員選挙の際共産党候補者の選挙事務長として活躍した。」
以上三点は、控訴人小林の認むるところであるけれども、右はいずれも本件休職処分後の事に属するから、本件休職処分の事由として斟酌すべき資料に数えることは許されないものといはねばならぬ。(尤も右の事実は、いづれも同控訴人が休職中未だ教員たるの身分を有した時における行為であるから、若し以上の事由に基いて同控訴人に対し新に別箇の不利益処分が為されたなら、その当否は別箇に考慮さるべきであろうが、それと本件とは別問題である。)
以上に認定した以外には、控訴人小林が教員たる身分やその勤務する学校を利用したりなどして教育活動乃至政治活動をした為、その行動が教育の政治的中立性を害し、その他学校教育の運営を阻害し、同人を教員の職にとゞめることが相当でないと思われる様な事実は、被控訴人の立証ではこれを認め難いところであるから、被控訴委員会の控訴人小林に対して為した本件休職処分は違法であつて取消さるべきものと云うの外はないのである。
控訴人十文字につき、
(1) 日本共産党の名を持出して佐賀市八戸町で小供会を組織し共産主義の宣伝をした、との点。原審証人武野止の証言及び第三者の作成にかかり成立を是認し得べき甲第三十二号証を綜合すると、同控訴人は本件休職処分に附せらるる以前、自己の寄宿先であつた共産党の佐賀県支部の元建物附近に於て、自己の勤務先である佐賀市日新小学校区内の児童を集めて、八戸町子供会を組織し、児童に対し、共産主義的宣伝や紙芝居をなしたこと、及右事実を聞知した児童の父兄より学校当局は強硬な抗議を受けた事実を認めることが出来る。右認定を左右するに足る証拠はない。控訴人の右行為は、学校内に於ける教員としての政治活動ではないけれども、自己の勤務する学区内の児童に対するものであり、学校を拠点とし且つ当該学校の教員たることの身分を利用してなされたものと見るを相当とするから、右行為は正に教育基本法第八条第二項の趣旨に違反した教育の中立性を害したもので、同控訴人は教員たるの適格を欠くものというべく、爾余の事由につき判断する迄もなくこの一点を以て同控訴人に対する本件休職処分は之を正当となすに十分の事由を具備するものと云うべきである。従つて同控訴人の右処分の取消を求むる本訴請求は固よりその理由ないものである。
控訴人水田につき。
(1) 生徒並びに一般人に対し日本共産党の宣伝活動をし同志獲得を策した、との点。本件休職処分を正当たらしむる事由として取上げることの出来るのは、教育の政治的中立性を侵害し又は学校教育の運営を阻害するものと認めらるゝものに限ることは前記説明する通りであるが、左様な行為が控訴人にあつたことは之を認むるに足る何等の証拠もないから、之の点を以て本件休職処分を正当たらしめる事由となすを得ない。
(2) 昭和二十三年五月佐賀県武雄町萩尾公園で花見客溢ふれる中を赤旗を持歩いて党員たることを誇示したとの点。
右の事実は同控訴人の認めて争はぬところである。而して赤旗の携行がその場所その他の情況の如何によつては、控訴人の教員たる身分との関連に於て学校教育に於ける政治的中立性を害し、或は亦学校教育の運営を阻害するに至ることのあるべきことも考へられるけれども、同控訴人の赤旗の携行が以上の如き状況の下に為されたことは、被控訴委員会の主張し立証しないところである。右赤旗の携行は、恐らくは何等かの組合運動又は党活動のために気勢を揚ぐる目的を以てなされたものと想像されるけれども、同控訴人が有田工業学校の教諭に就職したのは、同年七月末頃であることが、成立を認むべき甲第六号証及び原審における原告水田本人の尋問の結果によつて明かであり右赤旗携行当時同控訴人が教職に在つたことやその行動が学校教育に直接影響を及ぼすべき環境に於てなされたものであることの立証のない本件では、これを以て控訴人を休職処分に附するの正当の事由とすることは出来ない。
以上説示の通り控訴人水田に対する本件休職処分の理由として被控訴委員会の挙示するところは、或はその証明なく、或いはその事実は認め得られるけれども以て休職処分に附するにつき相当の事由となし得ないものであるから、被控訴委員会の控訴人水田に対する本件休職処分は違法であつて、取消さるべきものである。
よつて、控訴人小林、同水田の各休職処分の取消請求を失当として棄却した原判決は、不当であるから、民事訴訟法第三百八十六条に則り之を取消すべく、又控訴人十文字の休職処分の取消請求を失当として棄却した原判決は相当であるから、同法第三百八十四条第一項に従い本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき、控訴人小林同水田と被控訴人との間に於ては同法第九十六条第八十九条第九十二条を適用し、控訴人十文字と被控訴人との間に於ては、同法第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 森静雄 竹下利之右衛門 高次三吉)